(7)心因性嘔吐

岡田あゆみ
岡山大学病院 小児科

1.心因性嘔吐とは何ですか?

心因性嘔吐(神経性嘔吐)とは,嘔吐の原因となる明らかな異常がなく,心理社会的なストレスが原因で嘔吐するものを示します。不安や緊張を伴う場面で発生することが多いのですが,本人は心理的ストレスを自覚していない場合もあります。また,車の中で嘔吐してから車を見ただけで嘔吐するようになるなど,特定の場所や時間に症状が出現する「条件付け」が関係している場合もあります。

2.どうして嘔吐するのですか?

嘔吐は,脳(延髄)にある嘔吐中枢や隣接するchemoreceptor trigger zone(CTZ)への刺激によって発生します。大脳に伝わった心理社会的なストレスを上手く処理できないと,不快な感情が誘因となって嘔吐中枢を刺激します。子どもの中枢神経系は未成熟なので,様々な刺激によって影響を受け,身体症状が発生しやすいと言われおり,嘔吐もその一つです。また,発達の問題(知的能力症や自閉スペクトラム症など)のために「条件付け」が発生しやすいお子さんもいます。

3.症状はどのようなものですか?

嘔吐には,悪心(気持ち悪い、むかむか)が主で嘔吐をほとんど伴わないもの,繰り返し続けて嘔吐するもの,食後など決まった時に習慣性に嘔吐するものなど様々なタイプがあります。一般に数日から数ヶ月持続しますが,不安や緊張を伴う場面から離れると改善します。学校に行くことに心理的ストレスを感じているお子さんが、毎朝登校前に嘔吐するが,土日は元気に過ごすなどが典型的です。一般的に,腹痛や便通異常など他の身体症状は少なく,体重減少や成長障害が発生することも稀です。

4.診断はどのようにして行うのですか?

診察,血液・尿・便の検査,頭部画像検査や腹部エコー検査などを行い,嘔吐の原因となる他の病気がないか確認します。さらに,症状の発現に心理社会的なストレスが関連している場合に診断されます。嘔吐の原因となる病気はたくさんありますが,慢性の嘔吐や繰り返す嘔吐を認める場合は下記の病気に注意が必要です。

  • 消化器疾患:上腸間膜動脈症候群,腸回転異常症など
  • 内分泌・代謝異常:ケトン性低血糖症,尿素サイクル異常症など
  • 神経系疾患:脳腫瘍,てんかんなど。
  • 精神疾患:摂食障害による自己誘発性嘔吐,詐病など
  • その他:周期性嘔吐症候群(cyclic vomiting syndrome:CVS)は2~10歳のお子さんの約2%に認められ,頻度が高い嘔吐です。激しい嘔吐発作を周期的に繰り返し,発作時には数時間から数日激しい嘔吐が持続して自然に軽快します。嘔吐発作時は輸液が必要となることが多いのですが,発作のない時期は無症状であることが特徴です。精神的ストレス,感染症,疲労,食事,生理など、さまざまなことが引き金になります。思春期になると改善することが多いのですが,一部の人は片頭痛に移行します。また,ご家族に片頭痛の人が多いのも特徴です。

5.その他に気をつけることはありますか?

嘔吐が頻回になると,胃酸のために食道粘膜が障害されたり虫歯が増えたりするので注意が必要です。また,嘔吐を怖れて食事が食べられなくなり摂食障害(回避・制限性食物摂取症)へ進行する場合や,人前で吐くことを心配して不登校やひきこもりになる場合もあります。

6.治療はどのようにしますか?

本症は,一般的に予後良好と言われています。子どもの辛さを理解しながら,今は心理的ストレスを上手く処理できないために嘔吐しているが,成長に伴って改善するという見通しを持つことが大切です。症状が激しいときは,薬物療法(鎮吐剤,抗不安薬など)や輸液を行い,症状のない時は普通に生活して体験を増やします。学校でのいじめなど背景にある問題が明らかな場合は,周囲の大人が協力して環境を調整します。本人のストレス対処能力を向上させるために,心理療法(遊戯療法・箱庭療法・カウンセリング)をおこなうこともあります。「条件付け」が発生している場合は,行動療法(行動の目標をスモールステップとし,少しずつ慣れて症状が出なくなるようにする脱感作療法など)が有効です。精神疾患や発達障害が背景にある場合,不登校など二次的な問題が発生している場合は,専門医との相談が必要となります。

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