(17)いじめ問題への対応

河野政樹
虹の子どもクリニック

1.いじめの定義

いじめについての定義は、日本では、当初は警察での少年案件での対応が中心であったために、以下の警察庁少年保安課の定義が最初であろうと考えられます。

警察庁少年保安課の定義(35年以上前より存在)

「単独または複数の特定人に対して、身体に対する物理的攻撃または言語による脅し、いやがらせ、無視等の心理的圧迫を反復継続して与えることにより、苦痛を与えること」とされました。その後、文部科学省がいじめ問題に対応するために平成18年(2006年)にいじめの定義を変更しました。

文部科学省の定義

「個々の行為が「いじめ」にあたるか否かの判断は、表面的、形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。」とし、取り組みを強化しました。しかし、いじめは減少せず、エスカレートし、社会問題化し、アメリカでのいじめ問題から、州法のいじめ防止法案の導入が求められることとなった。

参考
マサチューセッツ州いじめ防止法案(アメリカ 法律を変えていじめを減らせ、ニューズウィーク日本版2012年8月1日号)

「いじめとは、1人または複数の生徒が他の生徒に対して、文字や口頭、電子的表現、肉体的行動、ジェスチャー、あるいはそれらを組み合わせた行為を過度に、または繰り返し行い、以下のいずれかの影響を生じさせることを指す」

1)相手生徒に肉体的または精神的苦痛を感じさせるか、その所有物にダメージを与える。

2)相手生徒が自分の身や所有物に危害が及ぶ恐れを感じる。

3)相手生徒にとって敵対的な学校環境を作り出す。(学校へ行くのが怖くなるなど)

4)相手生徒の学校内での権利を侵害する。

5)実質的かつ甚大に教育課程または学校の秩序を妨害する。

いじめ防止に対する法制化の世論の中で、いじめ防止対策推進法が平成25年、成立交付施行され、以下のように定義された。

いじめ防止対策推進法第二条(平成25年6月21日成立、6月28日公布、9月28日施行)

この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。

2.いじめの種類

いじめには、下記に示すように暴力系とコミュニケーション操作系があり、暴力系は、警察介入がしやすく、学校も対応しやすいが、コミュニケーション操作系は、実態把握が困難であり、詳細な記録をとりながら、対応の糸口を図ったり、学校や警察との連携をとったりすることが必要な場合もあります。

いじめの種類(内藤朝雄)

1)暴力系

  • 殴る、蹴る、水をかける、衣服を脱がせるなど(物品を壊すなど)
  • 警察など介入がしやすい(弁護士など第3者の介入が必要なこともある。)

2)コミュニケーション操作系

  • シカト(無視)する、悪口を言う、嘲笑する、デマを流すなど
  • 警察などの介入が困難で潜在化しやすい。
  • 詳細な記録をとり、今後の訴訟などに備える必要がある。

3.いじめの報告数(文科省 令和元年度調査)

(※令和元年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」について )

いじめの状況

小・中・高等学校及び特別支援学校におけるいじめの認知件数は612,496 件であり,児童生徒1,000 人 当たりの件数は46.5 件である。

  1. いじめの認知件数は,小学校484,545 件(前年度425,844 件),中学校106,524 件(前年度97,704 件),高等学校18,352 件(前年度17,709 件),特別支援学校3,075 件(前年度2,676 件)。全体 では,612,496 件(前年度543,933 件)。
  2. いじめを認知した学校数は30,583 校(前年度30,049 校),全学校数に占める割合は82.6%(前 年度80.8%)。
  3. いじめの現在の状況として「解消しているもの」の割合は83.2%(前年度84.3%)。
  4. いじめの発見のきっかけは, ・「アンケート調査など学校の取組により発見」が54.2%(前年度52.8%)と最も多い。 ・「本人からの訴え」は17.6%(前年度18.3%)。 ・「学級担任が発見」は10.4%(前年度10.6%)。
  5. いじめられた児童生徒の相談の状況としては,「学級担任に相談」が80.8%(前年度80.1%)と 最も多い。
  6. いじめの態様のうちパソコンや携帯電話等を使ったいじめは17,924 件(前年度16,334 件)であ り,総認知件数に占める割合は2.9%(前年度3.0%)。
  7. いじめ防止対策推進法(以下「法」という。)第28 条第1 項に規定する重大事態の発生件数は 723 件(前年度602 件)。
    重大事態の定義
    第1項「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。」第2項「いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」
  8. 地方自治体における「地方いじめ防止基本方針」の策定,「いじめ問題対策連絡協議会」及び 重大事態の調査等を行う機関の設置状況について ・法第12 条に規定する地方いじめ防止基本方針については,市町村の95.2%(前年度93.7%)が策 定済み。 ・法第14条第1項に規定するいじめ問題対策連絡協議会については,都道府県の100%(前年度100%), 市町村の82.1%(前年度80.0%)が設置済み。 ・条例により重大事態の調査又は再調査を行うための機関を設置した自治体数について,教育委員会 の附属機関は,都道府県の83.0%(前年度83.0%),市町村の70.0%(前年度67.0%)が設置済み であり,地方公共団体の長の附属機関(法第30 条第2 項の附属機関)は,都道府県の93.6%(前年 度93.6%),市町村の59.2%(前年度56.2%)が設置済み。

(参考)出席停止の状況 

出席停止の措置件数は3 件(前年度7 件)である。 ① 出席停止の措置件数は,小学校 1 件(前年度 0 件),中学校 2 件(前年度 7 件)。全体では,3 件(前年度7 件)。 ② 出席停止の期間は,4~6 日が2 件,7~13 日が1 件。

4.いじめへの対応と鑑別すべき背景

いじめの事実が発見されるルート

1)児童・生徒本人が保護者や担任教師に訴える場合、2)同級生が目撃しその保護者や教師を経由して保護者が知る場合、3)警察などに補導され、その取り調べの過程で明らかになる場合、4)外傷の治療のための診療や、不登校、盗癖(恐喝の被害者でお金の調達のため)などの相談や面接の過程で明らかになる場合もありますので、不自然な外傷や衣服の汚れや破損、突然の不登校や家のお金を盗み出したり、反復する特定のものを多量に万引きしたりする時などは、暴力や恐喝などのいじめが背景にある可能性もあり、注意が必要です。

いじめの被害者(保護者)への対応の留意点

1)教員やカウンセラー、診療にあたる医師は、いじめのあるなしを確認するのではなく、どういう被害感や事実認識があるかを無条件にそのまま聴くことが大切です。

2)医師やカウンセラーの場合、守秘義務について話し、本人に断りなく、加害者や学校に伝えたり、対応したりしないことを約束すると話が進めやすいと思います。(大人に相談しても解決しないという大人への不信感があることが多いため)

3)精神疾患に基づく被害妄想や発達障害に基づく勘違いなどとの鑑別が必要なことがあります。

4)心理的な衝撃が大きい場合には、不眠、悪夢や小さなもの音でも過敏に反応するなどの急性ストレス障害やPTSDなどの症状の確認が必要になります。

5)身体的な外傷の有無も訴えがあれば同意を得てチェックすると良いでしょう。

6)保護者からの話でも同様であり、さらに保護者からは衣服、持ち物の汚れや消耗の状況も聞くと暴力や恐喝の兆候に気付くことができるでしょう。

7)学校連携:保護者と本人の同意を得た上で、なるべく学校からの情報も直接得ることも大切ですし、客観的な事実の把握につながります。

8)これらの結果から、いじめの存在が推定される場合には、早急な対応が必要となります。特にいじめ防止対策推進法に定める重大事態が推定されるときは、学校を通じて学校の設置者又はその設置する学校の下で質問紙による調査が必要となり、場合によっては、専門家を交えた調査委員会の設置が求められます。

9)刑事事件に値する事例については、警察との通報や連携が必要となります。平成31年3月に出された文科省からの通知を参考にして下さい。

参考文献 平成31年3月29日 いじめ問題への的確な対応に向けた警察との連携について(通知)30文科初第1874号

1 警察との連携強化によるいじめ事案の早期把握(別添通知2(3)関連)

(1)警察との情報共有体制の構築
いじめ事案のうち,その児童生徒の行為が犯罪行為として取り扱われるべきと認められる場合の警察への早期の相談又は通報(以下「相談等」という。)や,特にいじめられている児童生徒の生命,身体又は財産に重大な被害が生じている,又はその疑いのある事案(以下「重大ないじめ事案」という。)がある場合の速やかな警察への通報に当たっては,学校や教育委員会と警察が日頃から緊密に情報共有できる体制の構築が重要であることから,次の取組を積極的に進めること。

1)連絡窓口の指定
警察との間で連絡窓口となる担当職員を指定しておくこと。

2)学校警察連絡協議会等の活用
警察への相談等を確実に行うため,学校警察連絡協議会等の場において認識の共有を図るとともに,相談等を行うべきか否か学校が判断に迷うような場合も積極的に相談することをあらかじめ申し入れておくなど,警察と連携した対応が早期に可能となるよう相談等の促進を図ること。

3)警察との協定等の活用
学校や教育委員会と警察との相互連絡の枠組みに係る協定等における連絡対象事案として,犯罪行為として取り扱われるべきと認められるいじめ事案を盛り込むことにより,連絡が一層円滑に行われるよう,当該協定等について必要な見直し等を行うこと。

(2)スクールサポーター制度の受入れ等
学校においては,警察署等(警察署並びに警視庁,道府県警察本部及び方面本部の少年担当課の少年サポートセンターをいう。以下同じ。)に配置されているスクールサポーターによる学校訪問や校内巡回を求めるなど,積極的な受入れを図ること。
また,教育委員会等においても,退職警察官等を活用した取組を進めるとともに,スクールサポーター制度に類似した制度(生徒指導推進協力員など)を運用している場合には,その従事者と警察署等との情報交換を行うための連絡協議会の開催等を通じて確実に学校等と警察との連携を図ること。

2 警察と連携したいじめ事案への適確な対応(別添通知4関連)

(1)重大ないじめ事案等への対応
重大ないじめ事案及びこれに発展するおそれが高い事案については,直ちに警察に通報するとともに,学校においては,警察との連携の下,いじめられている児童生徒の安全の確保のため必要な措置を行い,事案の更なる深刻化の防止を図ること。
また,インターネットを利用した名誉毀損,児童ポルノ関連事犯等の犯罪行為として取り扱われるべきと認められるいじめ事案についても,匿名性が高く,拡散しやすい等の性質を有していることを踏まえ,警察と連携しつつ適切に対応すること。

(2)いじめられている児童生徒又はその保護者が犯罪行為として取り扱うことを求めるいじめ事案への対応
警察においては,(1)に当たらない事案であっても,当該児童生徒又はその保護者が犯罪行為として取り扱うことを求めるときは,その内容が明白な虚偽又は著しく合理性を欠くものである場合を除き,被害の届出を即時受理することとしていることから,その場合は,警察と緊密に連携しつつ,その捜査又は調査に協力すること。

(3)その他のいじめ事案への対応
警察においては,重大ないじめ事案及びこれに発展するおそれが高いとは言えない事案であって,被害児童生徒及びその保護者が警察で犯罪行為として取り扱うことを求めない事案を把握した場合には,当該児童生徒又はその保護者の同意を得て,学校や教育委員会に連絡することとしている。こうした事案については,必要に応じて,警察に対し,加害児童生徒への注意・説諭,加害児童生徒に指導する際の助言,いじめ防止を主眼とした非行防止教室の開催等の協力を求めるとともに,対応状況や事案の経過について引き続き連絡するなど,緊密に連携すること。

(4)いじめを受けた児童生徒に対する支援
いじめを受けた児童生徒の心のケアのため,特に必要と認められる場合には,学校に配置されているスクールカウンセラー等とスクールサポーター等が連携することにより,より効果的な心のケアが行われるよう努めること。

鑑別が必要ないじめの被害者の背景

1)神経発達症(発達障害)(特に自閉スペクトラム症)に伴うコミュニケーションの行き違いによる勘違いから「いじめ」の標的にされやすかったり、また、客観的にはいじめといえない状況でも「いじめ」と誤解してしまったりすることもあり、注意が必要です。

2)統合失調症に伴う被害妄想や被害的な幻聴から、「悪口をみんなが言っている。」という訴えになる場合もあるので、鑑別が必要なこともあります。

3)片側性難聴があると、難聴側からの声が聞き取りにくいために被害感を持ちやすい場合があります。また、逆に難聴側から話しかけた相手から無視されたと勘違いされ、いじめの対象とされることもあるために注意が必要です。

想定が必要ないじめの加害者の背景

1)注意欠如多動症 2)反抗挑発症3)素行症などは、その衝動性のコントロールが困難なために周囲に受けていると勘違いして、からかいの対象に相手をしたり、かっとなって感情がコントロールできず特定の相手に腹を立てたりして、いじめにつながることもあります。4)自閉スペクトラム症では、心で思ったことが口に出やすい特性があり、「本当のことを言って何が悪いんだ」というマイルールから、特定の相手に対して傷つける言動をとったり、勝ち負けに拘ったり、馬鹿にされたと誤解して、相手を攻撃してしまうことがあり、いじめに発展することもあります。5)女子の場合、仲良しグループ内であることも多く、被害者も元のグループに戻りたい場合など、対応が難しい場合があります。6)被虐待児(施設内など)の場合、自分自身がされたことを他者にしてしまう場合があり、特に、親しい相手に対して見捨てられ感を持ちやすく、相手が他者に気持ちが向いたときに、感情のコントロールが難しく、暴力や意地悪な対応を取ることがあり、注意が必要です。

5. 専門医師対応のコツ(参考)

1)入院、転校・クラス替え・別室登校・適応指導教室の利用などを含めた柔軟で迅速な対応 いじめの事実を大人が知った時点で、すでに心理的な限界が来ている可能性が高く、経過観察ではなく、その症状の程度により柔軟で迅速な対応が必要です。場合によっては、我慢を続けさせるよりも早期に転校することで解決する事例もあります。

2)カウンセリング・精神療法・ブリーフセラピー(EMDR,NLP)などの対応 恐喝・性被害などの犯罪被害事実について本人が安心安全の場を確保してから初めて語られることもあります。(EMDR:Eye Movement Desensitization and Reprocessing NLP:Neuro-linguistic Programming

3)他機関との連携 非行・犯罪事実が明らかになれば、児童相談所・警察(少年サポートセンターなど)とも連携が必要になります。

4)診断書・意見書の活用、入院、転校にあたっては、専門医も適切に診断書を書いて対応する必要があります。(いじめの定義はあいまいであるために、通常の子どもたちの間に起こりうるいざこざやけんかとの鑑別が難しく、客観的な事実の証明が必要です。)

5)弁護士等との連携・相談のために、いじめの経緯を時系列に記録しておくことは重要です。(性被害・ストーカー行為などに対しても)

※文部科学省は、いじめによる転校を認めています。いじめの問題により,転校できた児童生徒は,平成16年度では、小学校99人,中学校248人,特殊教育諸学校0人と大変少ない実態がありました。この制度の積極的運用が求められています。しかしながら、被害者感情として、「被害者が地元の学校に行けないのに加害者は平気で通学しているのは許せない」という気持ちを持つこともあります。しかし、保護者の期待するいじめ防止対策推進法による加害者の出席停止措置は、実施例は少なく、期待されるほどではないために、転校制度の柔軟な対応が求められます。

参考・引用文献・DVD・書籍

  1. 通学区域制度の弾力的運用について(通知)文初小第78号 平成9年1月27日
  2. 令和元年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」文部科学省
  3. アメリカ 法律を変えていじめを減らせ、ニューズウィーク日本版2012年8月1日
  4. 内藤朝雄 いじめの社会理論 柏書房 2001 東京
  5. 尾木直樹 いま、いじめ対策で本当に必要なこと imago緊急復刊いじめ 青土社2012
  6. 内藤朝雄 いじめをどう見るか imago緊急復刊いじめ 青土社2012
  7. 岡崎勝 ポスト教育改革? imago緊急復刊いじめ 青土社2012
  8. 田嶌誠一 いじめ・暴力問題が私たちにつきつけているものimago緊急復刊いじめ  青土社2012
  9. 芹沢俊介 いじめの定義の大切さについて imago緊急復刊いじめ 青土社2012
  10. 平成31年3月29日 いじめ問題への的確な対応に向けた警察との連携について(通知)30文科初第1874号
  11. 「災害時の子どもの心のケア講演会&トラウマケア体験セミナー(DVD2枚組) 」
    一般社団法人日本医療福祉教育コミュニケーション協会 2011
  12. 河野政樹 発達障害コミュニケーション初級指導者テキスト 一般社団法人日本医療福祉教育コミュニケーション協会 2015
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