(6)消化性潰瘍

竹中義人
たけなかキッズクリニック

1.概要(がいよう)

「潰瘍(かいよう)」とは、胃や十二指腸の表面の粘膜(ねんまく)の慢性的な炎症や、胃酸や消化酵素の一つであるペプシンの刺激で、胃腸の粘膜組織がただれ、欠損してしまった状態になることをいいます。胃にできる潰瘍(かいよう)を「胃潰瘍(いかいよう)」、十二指腸にできる潰瘍を「十二指腸潰瘍(じゅうにしちょうかいよう)」といい、合わせて「消化性潰瘍(しょうかせいかいよう)」といわれています。

2.疫学(えきがく)

1)有病率では、胃潰瘍の頻度は全人口の数%で、十二指腸潰瘍も胃潰瘍と同じ程度とされ、特に都市部で増加しています。

2)男女比は、胃潰瘍では男性2:女性1、十二指腸潰瘍は男性3:女性1といわれています。

3)出現しやすい年齢は胃潰瘍では30~60歳代に多く、十二指腸潰瘍では10歳代後半から30歳代に多いとされます。

4)十二指腸潰瘍で50~60%程度に遺伝や家族歴があるとされています。

3.成因

1982年にヘリコバクター・ピロリ菌(H.pylori)(以下、「ピロリ菌」と略します。)が発見されてから、ピロリ菌感染症や、精神的・肉体的ストレス、解熱鎮痛剤として使われるアスピリンなどの非ステロイド系抗炎症薬(「NSAIDs」といいます。)などが主な要因となり、そこに胃酸などが加わると潰瘍が作られるといわれています。

1)ピロリ菌感染症(健康な子どもの10%):子どもの胃潰瘍の40~50%、十二指腸潰瘍の80~90%が陽性であり、特に十二指腸潰瘍との関係性が注目されています。

2)非ステロイド系抗炎症剤(NSAIDs):プロスタグランジン(発熱や炎症作用をもち、体内で作られる生理活性物質の一つ)の合成が抑えられることで、体の防御機能が抑えられて、潰瘍がつくられやすくなるといわれています。

3)ストレス:精神的なストレスだけで潰瘍をつくるまでにはいたりませんが、ピロリ菌感染や胃の粘膜の炎症などがベースにあれば、それにストレスが加わり潰瘍をつくることがあります。これは「ストレス潰瘍」といわれています。

4.基本的な症状

みぞおちの痛み、はきけ、嘔吐、胸やけなどがあります。特に、胃潰瘍では、食後や空腹時の上腹部の痛みが多く、十二指腸潰瘍では空腹時に右上腹部の痛みや背中の痛みを伴います。

5.鑑別すべき疾患

胃腸、肝胆道系などの「消化器の病気」と、「消化器以外の病気」に分けられます。

1)消化器の病気 炎症性腸疾患、アレルギー性紫斑病、上腸間膜動脈症候群、食道炎、膵炎、胆管結石などの器質的疾患 過敏性腸症候群や機能性腹痛、便秘などの機能的疾患があります。

2)消化器疾患以外 尿路結石、アセトン血性嘔吐症、自律神経発作(腹性てんかん、側頭葉てんかん)などがあげられます。

6.消化性潰瘍に合併する病気・併発する病気

身体的には消化性潰瘍が悪化すると粘膜からの出血をくりかえす「活動性出血」や、潰瘍が進行すると胃腸に穴があくこともあります。これを「消化管穿孔」といい重大な合併症の一つです。
精神・心理面では、再び痛みがくりかえさないか恐れや不安「予期不安」が増強したり、夜間の痛みや、予期不安のため、睡眠が浅くなったり眠れなくなったりする「睡眠障害」をきたすこともあります。

7.診断

1)血液一般検査(貧血の有無)、便潜血検査(便中ヘモグロビンや便中トランスフェリン)

2)ピロリ菌感染の診断法
内視鏡を使用しない検査法
尿素呼気試験(小児での感度、特異度は高い)
血中、尿中ピロリ菌抗体測定
便中ピロリ菌抗原検査

3)消化管侵襲的検査法 (苦痛や出血など身体に負担のかかる検査)

消化管造影・内視鏡検査・粘膜生検・組織培養法・病理検査

8.経過

 

小児では胃潰瘍に比較して、十二指腸潰瘍は再発しやすいといわれています。このため、ピロリ菌の除菌療法とともに精神的なストレス対策を実施すれば、再発の可能性を軽減できる可能性があります。

9.対応

1)日常生活の改善策:不規則な生活をさけ、刺激の多い飲食品(コーヒーなどのカフェインを多く含む飲料、香辛料、炭酸飲料など)を控えるなど食生活や日常生活を是正します。ピロリ菌が陰性の潰瘍では、プロトンポンプ阻害剤(PPI)注1)やH2ブロッカー注2)などの胃酸やペプシンなどの攻撃因子を抑えるお薬を内服します。

  • 注1)H2ブロッカー: ヒスタミンは、アレルギーのときに遊離される伝達物質ですが、胃の粘膜にもヒスタミンの受容体があり、これを「H2レセプター」といいます。胃のH2レセプターにヒスタミンが反応すると、胃酸が分泌されます。H2レセプターにヒスタミンが結合するのを妨害する物質が「H2ブロッカー」という胃酸分泌抑制剤で、代表的なものにガスターなどがあります。
  • 注2)プロトンポンプ阻害剤(PPI): 通常、胃酸分泌は、胃壁の壁細胞のプロトンチャンネルというところから、水素イオンが排出されます。また、プロトンチャンネルと同時に塩素チャンネルからも塩素が排出され塩酸となります。水素イオンの排出の代わりにカリウムイオンが壁細胞に取り込まれて電気的には平衡を保ち、これを「プロトンポンプ」といいます。このプロトンポンプ阻害剤(PPI)は、水素イオンを壁細胞から外に出す酵素の働きを妨げて、水素イオンが排出するのを妨害するお薬です。

10.ピロリ菌の除菌対策

ピロリ菌陽性潰瘍には、ピロリ菌の除菌目的で、アモキシシリン、クラリスロマイシンなどの抗菌薬にプロトンポンプ阻害剤(PPI)を併用して除菌を使うことがあります。余談ですが、ピロリ菌は消化性潰瘍以外にも鉄欠乏性貧血や、慢性じんましんの原因になることもわかってきています。思春期中学生の1.8%程度が鉄欠乏性貧血といわれ、集中力の低下やイライラ、むずむず脚症候群などの睡眠障害に関係することもあります。ピロリ菌自体が消化管からの鉄の吸収を妨げ、その増殖に鉄が消費されることが原因とされます。特に鉄欠乏性貧血で鉄剤の投与が奏功しない場合にはピロリ菌感染の検索も必要といわれています。また、慢性じんましんでもピロリ菌が関連する場合もあるので、経過が長い場合にはピロリ菌の検査を実施し、必要に応じてピロリ菌の除菌をすることもあります。

11.ストレス対策

潰瘍の子どもは、成人と同様にいくつかの性格傾向があるといわれています。(1) 周囲に気を使いすぎる、合わせすぎるなどの性格(「過剰適応」といいます) (2) 自分自身の感情に気づきにくく、精神的ストレスの影響をうけやすい (3) 生活などのライフスタイルの乱れ などです。このため、ストレスに対する心身医学的な対応が消化性潰瘍の発症や再発への予防につながります。

具体的対策:

1)症状の発症や悪化のメカニズムの病気の子どもやご家族にも知っていただくとともに、子どもの訴えには十分に耳を傾けて、ご家族や周囲が理解していただくことも大切です。

2)患児の性格や特徴について評価し、ストレスとなる心理的~社会的な要因を検索し、原因がはっきりすればその対策や改善を図ります。

3)予期不安や不眠が強い子どもの場合は、抗不安薬(不安を軽減するお薬です)や睡眠導入薬なども処方することがあります。ただし、プロトンポンプ阻害剤の一部はベンゾジアゼピン系との併用でベンゾジアゼピン系の血中の濃度があがることがあり、副作用がでる可能性があるので注意が必要です。

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