(2)過敏性腸症候群

土生川千珠
国立病院機構 南和歌山医療センター 小児アレルギー科

1.過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome; IBS)とは?

腹痛や腹部不快感が2か月以上くり返し、排便の回数や便の性状の変化をともなう慢性に経過する腸の機能的な病気です。「機能的」というのは、腸管に明らかな炎症や腫瘍などの器質的な病気はなく、腸管の働きに問題があります。子どもの腹痛を起こす病気としては、頻度の高いもののひとつであり、ストレスと関係が深い病気としてよく知られています。

2.頻度は?

成人領域の有病率は10%程度ですが、本邦における小児の有病率は小学生1.4%、中学1〜2年生2.5%、中学3年生〜高校1年生5.7%、高校2〜3年生は9.2%であり、成長とともに成人の比率に近づくといわれています。

3.原因は?

まだ完全に明らかにはなっていませんが、腸管の運動異常、消化管ホルモン、内臓知覚過敏や炎症、腸内細菌叢の変調、アレルギー、免疫異常、心理社会的要因など多くの要因がかかわるといわれています。その中でも、自律神経を介して脳と消化管のシグナルの伝達経路である「腸脳相関」の異常が病態に大きく関与していると言われています。これは、ストレスが、下垂体でストレス関連ホルモン(CRF : corticotropin releasing factor)を産生させ、中枢神経(CNS:central nerve system)を介して腸管神経系(ENS: enteric nerve system)に働き、消化管の運動異常をおこし、便通異常を来します。さらに、消化管の内臓知覚過敏や知覚閾値を低下させ、腹痛を感じやすくなります。腹痛の増強や持続がさらに不安を増大させ、ストレスとなり負の連鎖から症状の増悪に繋がります。IBS全体の中で10%程度は、感染性胃腸炎後に発症するといわれています。

4.症状は?

腹痛や腹部不快感が2か月以上繰り返し、腹痛は排便によって和らぐことが特徴です。
症状は軽快・増悪を繰り返し持続します。

5.診断は?

1)症状の原因になるような炎症性、形態的、代謝性、腫瘍性病変などの器質的疾患を除外します。

2)国際的に用いられている小児~思春期の過敏性腸症候群の診断基準では、以下のすべての項目を満たすことが必要です。
腹部不快感(痛みとはいえない不快な気分)または腹痛が下記の2項目以上を少なくとも25%以上の割合で伴うこと。
a.排便によって軽減する。
b.発症時に排便頻度の変化がある。
c.発症時に便形状(外観)の変化がある。
※診断の少なくとも2ヶ月以上前から症状があり、少なくとも週1回以上、基準を満たしていること。
つまりここ2か月間で、へそから下の痛みや不快感があり、排便により症状が軽快し、便の性状に変化があることがポイントです。
便の性状は、ブリストル便性状スケールを用いて、便秘型(硬便または兎糞状便が25%以上)から下痢型(軟便または水様便が25%以上)まで便性の変化により分類することができます。
腹痛、便秘、下痢または腹鳴や放屁など優位な症状により病型が分けられることもありますが、確定されたものではなく変動します。

6.併存症は?

不登校、起立性調節障害、不眠、頭痛など他の心身症と併存することがあり、食物アレルギーや他の慢性疾患にカバーされ、過敏性腸症候群として診断に苦慮するケースもまれではありません。
過敏性腸症候群の診断基準を満たさない機能性腹痛症候群では経過観察することが大切です。

7.治療は?

1)病態の理解・説明
2)生活・食事指導
3)対症薬物治療
4)心理社会面への配慮
など総合的に治療を行います。
子ども、家族のみならず教育機関に対して、過敏性腸症候群は様々な原因により「腸脳相関」の異常が生じ、腹痛を感じやすくなることを説明し、子どもの苦悩を理解してもらうことだけで症状が軽快することがあります。
生活面では、正常な排便習慣を回復させるための食生活や睡眠リズムを改善するようにしてもらいます。さらに、通学路や学校生活でトイレへ行くことの配慮や投薬も効果があります。
症状の増悪時に、心理社会的要因の関与が強い場合には、子どもや家族の心理療法が必要です。

8.心身症専門医を受診した方がよい場合は?

ストレスが負荷されたときの症状の有無、園や学校生活の状況、友人関係などの評価を行い、学校や家庭の環境調整を行っても症状が改善しないケースでは子どものこころ専門医に紹介します。
不安・抑うつ・統合失調症などの精神疾患の評価、抗不安薬や抗うつ薬の投与や認知行動療法などの専門的治療の必要があれば児童・思春期専門の診療が可能な精神科医へ紹介します。

9.最後に

一旦、本疾患と診断したケースでも、夜間の腹痛、微熱、下血、嘔吐、体重減少など警告症状が出現した際には再度、器質的な病気がないかを確かめることが必要です。
詳細は、本学会のガイドラインに記載していますのでご参照ください。

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